亀頭増大の実現!
少なくとも一般的なイメージとしては、DNAは「絶対的な存在」であるようだ。
それだからこそ、「誰それのDNA」という言い方がジャーナリスティックに響き渡り、人々の心を捉えるのである。
だがもし、DNAがそうした絶対的な存在からすべり落ちてしまったらどうであろうか?前述で私は、「DNAはRNAのバックアップコピーに過ぎない」ということを詳しく述べた。
「過ぎない」とはいえ、それは「遺伝」という引継ぎ体制にとっては都合のいい、かつとても重要な「バックアップ」だった。
しかし生物はほんとうに、遺伝情報のバックアップコピーだけを、子へと受け渡しているのだろうか?親から子へと受け継がれるのはDNAだけではない私たち動物において、子どもがどうやって誕生するかをここで見つめなおしてみよう。
子どもが誕生する最初の瞬間とは、言うまでもなく卵子と精子が合体する受精の瞬間である。
受精は、大きな卵子に小さな精子が首を突っ込む形で行われる。
精子の“首”の大部分はDNAによって占められている。
DNAは通常「ヒストン」と呼ばれるたんぱく質と結合した状態になっているが、精子の場合はこれが「プロタミン」という特殊なたんぱく質に変化している。
私たちの体の全てのミトコンドリアが母親由来のものであることは、受精のメカニズム上、精子のミトコンドリアを引き継げないことからも明らかである。
つまりこれまで、卵子が精子から受け取るのは父親のDNAのみだと考えられていた。
父親から子へ受け渡されるのは、DNAに書き込まれた遺伝情報のみだと思われていたわけである。
なにしろ、精子の中でミトコンドリアが含まれる胴体部分から尻尾にかけては、受精とともに切り離されてしまうし、さらに卵子の中に“首を突っ込む”精子の頭部には、あたかもDNAだけが格納されているかのように見えたのだから、そう考えられていたのは仕方のないことではあった。
ところが実際には、父親から受け継がれるのはDNAだけではないことが明らかになっている。
じつは父親の「RNA」も、受精と同時に我が子(となるべき受精卵)に受け継がれているのであった。
つまり父親の何らかの情報が、DNA以外の核酸であるRNAに書き込まれていて、それが子へと伝わるのである。
精子の中に存在するRNAは、mRNAだけとは限らない。
mRNAよりもはるかに短く小さなmlRNA(マイクロRNA)も見つかってきている。
そしてこうしたRNAは、たんぱく質ができるかできないか、その調節の役割を担っているらしい。
たとえばヒトの精子から発見された、いくつかのRNAは、受精の進行やその後の胚形成に極めて重要な役割を持っているという。
少なくとも親の生殖細胞が子の初期胚へと移り変わる過程においては、DNA以外にもしっかりと、大切な役割を担ったRNAが伝達されているのである。
もちろん母親からも、卵子を通じて。
ウェブブラウザを使ってインターネットにアクセスすると、そのアクセスしたサイトの履歴が、コンピューター上に記憶されることがある。
記憶されていると、次にアクセスしたとき、非常にすばやくサイトが表示されるので便利だ。
このような機能あるいはその記憶装置のことを「キャッシュ」と呼ぶ。
こうした記憶装置が、じつは生物の体の中にもあるというから驚きである。
しかもそれは脳ではなく、私たちの細胞一個一個に、RNAの形で存在しているかもしれない。
その報告が科学誌『N』に掲載され、ちょっとした議論を呼んだのが二〇〇五年の三月のことだった。
米国の植物学者SとRbのグループは、シロイヌナズナという、分子生物学者がよく用いる実験植物で、この現象を見つけたと発表した(注彼らは、親の世代が変異型であるそのシロイヌナズナが、正常な野生型の遺伝子を持っていないにもかかわらず、その祖父母の世代にまで遡って正常な形質‐つまり、変異体ではなく正常な野生型としての形質−−‐を獲得したことを発見したのである。
祖父母の世代は正常な野生型だった。
細かい解析は省略するが、彼らはこの現象と、いくつかの分子遺伝学的な実験データから、相父母の世代に正常な遺伝子の情報がRNAにキャッシュとして記憶され、これが孫の世代にまで引き継がれ、そこでDNAに逆転写されて、その結果、止常な野生型としての姿を取り戻したのではないか、と主張したのであった。
ただし、これについては反論もあった。
同年九月には、やはり同じ「N」誌上で複数の反論が掲載された。
この「野生型への復帰」現象は、とりたててRNAキャッシュによらなくても説明できる、たとえば本来のゲノム以外にも別のDNAエキストラーゲノムと呼ばれるがあって、そこに正常な遺伝子が保存されていたのではないか、などの意見が寄せられた。
この論争にはまだ決着がついていないので、「RNAキャッシュ」という興味深い提言には、まだ乗り越えるべき壁があるけれども、もしこれが本当だとすれば、遺伝子というのはDNAだけではなく、RNAにも乗っていることが証明されるかもしれない。
しかもこれが、シロイヌナズナに限らず、全生物にも存在することが明らかになれば、その部分におけるDNAとRNAの立場は、現実に逆転してしまう可能性すらある。
DNAにはないはずの情報が現れるRNAキャッシュはまだ単なる仮説に過ぎない。
しかし面白いことに、ほかにも似たような事例が報告されている。
二〇〇六年五月に『N』誌上で発表されたのは、マウス(ハツカネズミ)における事例であるから、シロイヌナズナよりはまだ我々人間に近い。
フランスの科学者Miらが報告したのは、ある遺伝子異常によりもたらされるはずの、マウスの尻尾に白い斑点が現れるという形質が、正常遺伝子しか持っていないはずの後代のマウスでも見られるという現象であった。
彼らが注目したのは、すでに植物(トウモロコシなど)に存在することが明らかとなっている、「パラミューテーション」と呼ばれる現象である。
我々ヒトを含めて多くの生物は、一つの核の中に同じ二個の遺伝子(父親由来と母親由来)を持っている。
パラミューテーションとは、この二個の遺伝子同士が何らかの相互作用を行うことで、一方の遺伝子の発現が抑えられ、しかもそれが子どもにまで伝えられるという現象のことをいい、そのメカニズムについてはこれまで様々な研究が行われてきた。
さて、マウスの「**という遺伝子が変異すると、そのマウスに白い斑点が生じる」ことがわかっていた。
二個の遺伝子の両方が「正常な**なら、尻尾に白い斑点が生じることはない」。
これを「正常マウス」と呼ぼう。
そして、二個の遺伝子のうち、一方が「正常な**で、もう一方が変異したきこであった場合、マウスの尻尾には白い斑点が出る」。
これを「ヘテロマウス」と呼ぼう。
さて、メンデルの法則により、オスのヘテロマウスとメスの正常マウスをかけあわせると、その子は「正常マウス」か「ヘテロマウス」になる。
ところが不思議なことに、DNA上の情報を見る限り、「正常マウス」であるはずのマウス、つまり「変異した**を持たないはずのマウスにも、白い斑点が生じることがわかったのである。
このことは、白い斑点を生じさせる原因が遺伝子、すなわちDNAではなく、それ以外の物質にあることを示唆していた。
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